音楽と好きなものと

ドラムと歌と色々と

ひねくれ者の変な遊び

 

ありきたりに「読書の秋」をキメこんでる訳ではないんですが、最近特に本を読む時間が増えました。当たり前ですが、音楽と同じように書き手によって表現や、リズムが違います。内容はどこかで聞いたような薄い内容でも、リズムが心地よかったり、とても難解で、ほとんど理解できないような内容でも、表現方法に惹かれて読み続けたり。

 

言葉について。どうしようもなく予定ない休日や、風邪で寝込んで特に何も出来ない日に、言葉を反対にして過ごす。という怪し気な遊びを(時々)します。

 

「悲しい」は「嬉しい」に

「好き」は「嫌い」に

「暇」は「多忙」に

「夜」は「朝」に

「食事」は「排泄」に

 

そんな感じで過ごしてみると、どれだけ生活や感情は言葉に操られているんだろう!と感じます。意識や無意識、価値や幻想も、人間は自分が思っているよりも言葉の拘束具に縛られているようです。他人と話すとあらぬ誤解を生むため、あくまでひとりでやるだけですが、言語中枢のストレッチと思ってます。

 

 

言葉は価値を生み、人を洗脳することも出来ます。良し悪しは兎も角、出来るだけ言葉で伝えようとするのは大事です。ちなみに「言葉なんかよりも感じたままにやろうぜ!」というような使い古された表現には、100年前から退屈してます。

 

言葉で表現するのを諦めなければ、「怒り」の反対は「相互理解」となります。言葉で伝えることを諦めると、怒りの解決は暴力となるかもしれません。言葉は人類の英知であり、声に出せば音楽に、文字にすれば美術になります。もっともっとどんな表現が出来るか試してみたい。「日本語が脆弱になった」と憂うまでのことはないのですが(そんな賢い人間じゃない)大切に、温度や匂いまで伝わる表現に感動します。

 

そのうち全て、あらゆることを「ヤバい」で表現するような時代になるのかなあ。

一瞬の快楽。手段の放棄だよなあ。

 

 

10/3に四谷アウトブレイクでライブします。「音楽の秋」でもありますね。