音楽と好きなものと

ドラムと歌と色々と

春は苦手

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あまり好きではないのですが春になってしまいました。そんなにもお花見が好きなのでしょうか。僕は圧倒的に人ごみの方が嫌いです。嫌いじゃないけどね。でも圧倒的に山桜が好きです。

 

先週は新宿JAMで久しぶりのキーストンズのライブ。今回はサポートメンバーとしてギターのアオキ君に弾いてもらいました。彼とは前に一緒にバンドをやっていたのですが、一緒にライブしたのは数年ぶり。嬉しかったな。あまり好きではない春ですが良い1日になりました。次回からオリジナルメンバーでの活動再開です。新曲とか色々と、そのままになっていた事が多いので全て回収予定。

 

記号としての春が得意じゃないだけなんです。だけど4月なんてもう夏でしょう。

 

冬の日常

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月が変わる時はカウントダウンはしないものらしい

 

年が変わろうが月が変わろうが冬は冬。僕はウインタースポーツに興味がなく、スキーやスノーボードが絶滅しても一向に構わないのですが、雪だるまを写真に撮るのが趣味なのでこの暖冬は如何とも微妙なところです。

 

こたつで丸くなる猫のようにはなるまいと、ただ笑顔で周囲を走り回っても通報されそうなので部屋で曲を書いたりコーヒーの挽きかたを工夫したり。

 

そんなに寒くなかった土曜日。吉祥寺のグルーヴァーズのライブは毎回素晴らしく、その終わりにロックンロールバンドの話を肴に飲んで。もっともっと大きな声を出したい。比喩でなくて。

 

春とか朝とか。なんだろう、とってつけた希望のような曖昧なもののために何かを耐え忍ぶよりも、冬は冬のまま、夜は夜のままで楽しめる。僕はそっちのほうが向いてる。あんまり明るすぎるとまぶしくてよく見えないから。

 

 

横綱に比類する存在に心当たりがない

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僕は昔から相撲が好きです。祖母の影響です。そう言えばプロ野球が好きなのも祖母の影響だった。今日は所用で実家に寄ってから帰りまして、ちょうど実家のテレビで稀勢の里関の横綱昇進のニュース映像を見ました。おめでとうございます。

 

ニュース映像を見ながら、日曜日の、優勝が決まった後の千秋楽の一番を思い返していました。あの勝負は、本当に大事な一番だったんじゃなかろうかと夢想しながら。負けていたら横綱になれたなれなかったとか、そういうことではなく、その先の稀勢の里関の器が問われた戦いだったんじゃないかと。

勝った負けたの世界で生きている者は、その世界で絶対に勝たなければいけない勝負。というものがあるそうです。ただ純然たる勝負のために、勝負が出来るかどうか。恐らく「成績」とは別に、生涯で絶対に勝たなければいけない一戦のひとつだったんじゃないか。そんなふうに思いかえしていました。

 

横綱は相撲チャンピオンではありません。その昔力士の最高位は大関だったと聞きます。横綱は最高位の上。すなわち神に最も近づく存在。

嬉しいなあ。稀勢の里はついに僕の中の稀勢の里を超えていった。

 

 

新春だったね

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新春のご挨拶しなきゃと思いつつ、なんだか多忙な日々を送ってしまい、もはやただの寒い日ですが、今年もよろしくお願いします。

 

キーストンズは12日にお世話になってる新宿JAMでSLOWDANCERの企画に読んでもらってライブしました。呼んでもらえるってありがたいですね。

ライブをやって(特に新宿JAMで)思うのは、やっぱりバンドマンって高円寺に住んでるものなんだなと…自分も住んでるけど。まだ住むけど。

 

もうちょっとブログ書けよと言ってくださる人もいて、気まぐれにやらせろよと言いつつもありがたいことですね。とりあえず続けます。

 

 

見るまえに跳べ

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僕としては有馬記念の直後に今年は終わっているんですが、そうでない健全な方が多いと思いますので、ご挨拶だけ。今年もバンドに個人的に、皆様お世話になりました。

バンドも大きくペースの崩れることもなくライブ活動も出来、ライブハウスで声をかけてもらったり、とても嬉しいかったです。改めてですが、義務でも制約でもなく、好きなことを好きなようにやって、それだけでも十分幸せなことなんですが、それを誰かに「いいね」と言ってもらえるのはとても嬉しいことです。ありがとう。

 

見るまえに跳んでた

 

昨日ザ・キーストンズのライブ納めを四谷アウトブレイクで演らせてもらったんですが、ふとベーシストが目の前で跳んでいた瞬間があって、疑いなく、それは僕の人生の中で一番ロックンロールが近くにあった瞬間でした。

 

年明けは1/12に新宿JAM。SLOWDANCERの企画に出させてもらいます。

楽しいことはまだまだこれからいっぱい起こります。

どうぞよろしくお願いします。

 

いい朝を

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休みの日は夕方から深夜までひたすら寝て、あるいは深夜から夕方までひたすら寝よう。再びベッドに倒れこんで、詩人達の言葉で遊ぶ。そういていると、日常と、そして罠と、克明に分かつものが少しずつ近づいていく。もう少しできっと橋を架けられる。しばらくすると町が目をこすりだす。急げ。僕は先んじてお湯を沸かす。いつもならエスプレッソ。でも今日は紅茶がいい。新鮮なダージリンが手に入ったんだ。湯気の向こうは外の世界。TVの中の人間は今日も一心不乱によく喋る。SNSには無粋な評論家が詰まっている。でも今日はそれどころではない。今になって気になる、あの曲を聴こう。不整脈のように、数学で割ることを拒否するようなベースライン。どうか僕をもっと朝にしてほしい。少しずつ生活を思い出す。解決できないことがある。でも、考えてもみなかった幸運で、きっと今日も生きている。どうしようもない僕だから、どうしようもない世界が愛しい。そう、今日はいい気分なんだ。少し得意げな顔をして、カレンダーの中で、今日は毎日輝いている。


いい朝を

 

ジャパンカップの思い出

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引き際の美学や燃え尽きる美学。でも当事者は恐らく何も気にしちゃいない。

 
第23回のジャパンカップを逃げ切ったタップダンスシチーという競走馬が居た。外国産馬であるがそれほど洗練された血統でもなく無骨な身体、そして並の馬であればピークを過ぎる年齢になってから戦いを重ねて強くなった超晩成馬だった。彼は決して逃げ馬ではなかったが、とにかく前に出て良血のエリートの追い込みを押さえつけるレースをしていた。
 
現代競馬は折り合い重視の競馬だ。力をじっと蓄えて最後にライバルを出し抜く。暴走する馬は徹底的に潰され、潰れる。いかに周りに合せて良い所で抜け出してみせるか。競馬に限らずそんな「折り合い至上主義」にうんざりとしていた僕はいっぺんに彼のファンになってしまった。逃げ馬ではなかったし、もちろん追込み馬ではなかったので、僕がかける声援はいつも「振り切れ」だった。
 
「振り切れタップダンスシチー」それが僕が投影した理想だった。
 
2年後の第25回目を迎えたジャパンカップ。超晩成であるタップダンスシチーにも流石に衰えが見えはじめ、成績は振るわなくなっていた。それでも僕はまだ彼に振り切ることを期待していた。折り合いに逆らい続けた者がついに全てに追いつかれた時、そこにどんな結末が待っているのか。その時ぼんやりと苛々とした日々を過ごしていた自分が投影した理想の結末を恐れてもいた。僕は彼が2年目に圧勝した舞台で、再び振り切ることをまだ期待していた。彼に賭けたようで、自分の理想に賭けた。当時の僕にはかけがえのない金額だった。
 
最後の直線。タップダンスシチーはものすごいペースで(結果的に日本レコードを演出するほどの!)逃げた。それは不安や恐怖を遠ざけてくれているようにも見えた。「振り切れ!」いつものように叫んだ。その直後、彼は馬群に飲み込まれた。次々と抜き去られていく。抜き去られても走り続ける。競馬なら当たり前のことだ。僕にはそれでも彼が振り切ろうと逃げているように見えた。ゴール板を過ぎても彼しか見ていなかった。勝った馬の名前は後になって知った。
 
勝負の世界は無残だ。無残に散った。
美しい去り際を望んでしまったが。
でもタップダンスシチー、君はカッコよかったよ。